月別アーカイブ: 2013年3月

ポルボロン、又は北斗七星

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製作年: 2013
サイズ: 直径4cm
材料: 薄力粉、アーモンドパウダー、粉糖、ラード
価格: ¥400(七つ入り)

19歳の終わり頃僕は大阪の学校に通っていて、その時期に出会った35歳の人は会う度におっさんでゴメンなとこちらが気にしている訳でもないことをいつも申し訳無さそうに言っていた。10代の終わり、無理に会う必要も無いような人たちに無理して会わなければいけないほどには、切羽詰まっていたんだと思う。和歌山のマリーナシティまでドライブ連れて行ってもらい、夜は僕の部屋でご飯を作って食べた。その人がスニーカーをぬぐとさらさらの靴下に包まれた細長いつま先が現れて、見てはいけないものを見てしまった気持ちになる。奇麗にジャケットをたたみアイロンかけたてのような黒いTシャツになって、その人はソファの左側に腰をおろした。どぎまぎして冷蔵庫を開けてしまい、友人にあげるためにと少し前に母親に送ってもらったオリオンビールを出すと、ドライバーや!とつっこまれて笑った。母親からの小包の中にはちんすこうも入っていたので、それではとかわりに渡す。そいうえばスペインにポルボロンってお菓子があってそれはちんすこうに味がそっくりらしいです、修道院でつくられているとか。そうなんやとその人は一口かじる。確かに修道院ぽい質素な味やわ。いやそれはポルボロンでこれはちん…と言おうと思ったらポロポロと落ちた断片がその人の黒いシャツに金色の北斗七星を作ってきれいだった。星群に見とれていたら血管の浮いた手のほっそり長い指たちがそれを払う。流れ星の軌道で床におちた断片はもはやゴミかすにしか見えない。ポルボロンは食べながらポルボロンポルボロンポルボロンと三回言うと夢がかなうそうです。え、もう半分食べてもた。

手持ち無沙汰になって近くにあったCDを流す。こんなん好きなん、とその人はCDケースを手に取って表裏と確認した。これってバンド名?アルバムのタイトル?それはバンドの名前で、タイトルはないんです。僕が言うとその人はカチャリとケースをテーブルに戻してソファに深々と身を任せた。ぱっとしない人たちやな。多分見た目のことを言っていたのだと思う。そのぱっとしない人たちはクローゼットに閉じこもってばかりの僕の気持ちに心地よく寄り添ってくれていたのだけれど、そこまで言う必要はないかなと僕は黙っていた。その人はソファの上で大理石の像みたいに目をつぶっている。働く人たちが家に帰ってゆく。働く人たちが家に帰ってゆく。まぶたがゆっくり開く。もうけっこう、良い時間、やねんな。言われて少し迷って、おうち遠いですもんねと言うとその人の眉間がひくりと動いた。それは注視していないとわからない程のわずかな動きだったけど、見てしまった僕にあぁ悲しい顔をさせてしまったと思わせるには十分だった。せやな、じゃあそろそろ帰るわ。僕は、今よりずっと鈍感だったし鈍感でいようとしていたのかもしれない。その人が去って、僕はソファの右側に腰をかける。君がいた場所にできたからっぽの空間、それが僕の頭のなか、空虚を埋める。12時をまわる頃携帯が短く鳴って、その人からゴメンなエロいおっさんみたいやったやろというメールがきていた。今回はエロがついている。年の違いよりも何よりも僕たちはお互いに理解出来ない言葉を使ってばかりいた。 オー ウィー ウー!  テーブルの上には、食べかけのちんすこうとオリオンビール、青いCDケース。ちんすこうの断片を集めてテーブルに北斗七星を作るけれどうまく出来ない。どっとため息をついて、しばらくぼんやりと音楽に体を預ける。このガレージの中にいるときだけは安心できる、だれも僕のやり方に口をはさんだりしないから。そんな風に、ひとりになって部屋が自分だけのものに戻ってゆく感覚は好きだった。僕は好きでもないオリオンビールを開けて少しずつ飲みはじめる。返事が全く思いつかない。今度の休みには、遠くに行きたい、心がひとつ、鼓動をうつあいだに。半分飲み終わったところで携帯片手にそのまま眠ってしまった。夢の中で僕は、いつかその人に連れていってもらった難波のクラブにいた。僕はその人のもとへ歩いて行く。そして誘う、踊りましょうと。その人は言う、やあベイビー、せやね、せっかくやから。僕は言う、あなたの体はすこし宙に浮いているけれど、おかげでそのきれいなつま先を、踏みつけて粉々にしてしまうこともないでしょう。

オンリー・イン・ドリームス、オンリー・イン・ドリームス、オンリー・イン・ドリームス…

*斜字部分はWEEZER “WEEZER(The Blue Album)”からの引用

これはレモンケーキではない

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製作年: 2013
サイズ:  7.5×3.5cm
材料: レモン、リモンチェッロ、クレームエペス、薄力粉、強力粉、アーモンドパウダー、ベーキングパウダー、グラニュー糖、粉糖、塩、無塩バター、卵
価格: ¥300

子供の頃は旧盆が大好きで、仏壇の前に山の様に盛られるお菓子たちにただただ興奮していた。かるかん、マドレーヌ、くんぺん、こー菓子、そして、レモンケーキ。料理や果物と一緒に、それらがあふれるようにお供えされている。レモンケーキ。銀色のモダンな包装と、お菓子としては不自然なほどに艶やかな半球体。そのケーキは僕を夢中にさせる魔法を持っていた。おいしそう!毎年そう思って食べて、毎年僕は残念な気持ちになる。ホワイトチョコレートの様な感触だけれども味のないコーティング、生気をそぐようにぱさぱさの生地。なにより、甘酸っぱいレモンの味がしない。つまらない味がする。魔法ははじけて後悔だけが残り、切なくなった僕は二度とレモンケーキなんか食べないんだと誓う。

でも僕は翌年もまだまだ子供で、旧盆がくればまた嬉々としてその銀色の包みに甘い欲望の視線をトロンと向ける。レモンケーキ!同じ魔法にかかった従姉妹たちがトロンとした目で大袈裟に喜んで、僕もレモンケーキ!とつい声を上げ、それを二口で平らげる。そして、あの切なさに襲われる。口のなかでモソモソといつまでも消えないつまらないケーキがいる。女の子達はおいしいおいしいと相変わらず声を上げてレモンケーキを食べているので視線をそらすと、大学生の従兄弟がテーブルの向こう側から冷たい視線を彼女達の手元のレモンケーキに投げかけていた。大人のまなざしだ、と僕は思う。ビールを手にしたおじさんやおじいさんに囲まれ、つまらなさそうにお茶をすすっている彼。その頃の僕にとって、彼こそが大人の定義だった。19歳。お茶をすすりながら中空を眺め、時々黙って冷たい視線を誰かになげかける、そんな存在。それ以外は大人になりすぎた大人でしかなかった。あんたほんとにレモンケーキ好きねと伯母さんが僕に言い、女の子達が声を上げて笑う。水分のないケーキを飲み込めずにいた僕は、モソモソと返事をする。落ち着いてゆっくり味わいなさいと伯母さんは言い残して台所へ行ってしまった。違う。僕は、これはレモンケーキではない、と言いたかった。それを言い放ってしまえば女の子達にかけられた魔法も解くことができるのに。味わいなんて、こんなもの。僕はテーブルの向こう、大人になりすぎた大人たちのまんなか、誰よりも正しく大人に見える彼が飲んでいるお茶でこのモソモソする小麦粉の塊を一息に飲み下したい。おとなになりたい。それなのに、僕の目の前には氷が溶けて薄くなったカルピスが入ったグラスと、欲張って取ってしまったレモンケーキがもう一つ。テーブルのこちら側は、甘い見せかけで満ちていた。

夜になって大人になりすぎた大人たちの宴会はさらに騒がしくなって、僕はテレビをみるのをあきらめて縁側で缶のレモンティーを飲んでいた。しばらくして従兄弟が出て来て隣で瓶ビールを開けて、あぁつかれるね、とまずそうにひとくち飲んだ。もう片方の手にはレモンケーキ。飲むかと瓶を差し出されて断ると、食うかともう片方の手を差し出した。それも断った。彼はへぇ、と言ってレモンケーキにかじりついた。それは僕がさきほど食べるのをあきらめてこっそり仏壇に戻したものだ。ビールを無理して飲みながらお菓子を食べている彼よりも、大人になりすぎた大人たちに囲まれてお茶を飲んでいたときの彼の方がなぜか大人に見えて、僕は少しがっかりしながらも、さっきより彼を近しく感じる。これいつも思うけどおいしくないね、彼がモソモソと言った。これはレモンケーキではない。僕が言いきれなかった呪文を言うと彼が笑って、来年こそはレモンケーキに手をつけないと二人で固く誓った。

よこしまな自由についてのケーキ

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製作年: 2013
サイズ: 25x9x8cm (ホール)
材料: ラム、黒糖、ダークチョコレート、小麦粉、アーモンドパウダー、ベーキングパウダー、グラニュー糖、無塩バター、卵
価格: ¥400 (1ピース3x9x8cm)

20代はじめの頃、僕はビールもワインも飲めずずっとカクテルばかり、主にキューバリバーばかりを飲んでいた。エキゾチックな名前とコーラとライムの組み合わせが好きだった。23歳の僕はニューヨークに留学していて、そこでもアルコールといえばかたくなにカクテルだけだったけれど、アメリカではキューバリバーと言っても通じなくて、友達のサラに聞いたらそれはラム&コークと言うのだと教えてくれた。なんて味気ない名前!そしてライムじゃなくてレモンが入っている。

夏休みのある夜、僕はサラと飲みに出かけ、僕はラム&コーク、サラはステラをボトルで飲んでいた。彼女はアメリカ生まれだったけれど、両親がイランの革命後アメリカに亡命して来たといつか言っていた。僕はその革命が何なのかわかっていなくて、なんとなく奇麗な人だなぁといつも彼女を眺めていた。その夜サラはどこか機嫌が悪くて僕が一杯飲み終わる前にステラを三本空けていた。四本目を頼む時、バーテンダーにステラ二本ちょうだいと言って出てきたうちの一本を僕に渡し、ベサラマティ、とイランの言葉で乾杯した。イランで大統領選があって最低の結果になったの、親戚が心配だけど連絡がとれない。よくわからないけどイランは革命があって自由になったんじゃないの、と無知な僕はぼんやり酔いのなかで聞いた。その頃の僕にとって革命すなわち自由だった。そんなよこしまな自由!とサラは笑った。その大人びた言葉が僕をさらに酔わせた。僕たちは同じ早さで一本飲み干して、もう一本ずつステラを頼んだ。

よこしまな自由ってなんだろう。気がつくとサラは外で険しい顔をしながら長電話していて、僕の横で見知らぬ男が何か飲んでいた。男の方に向くと彼は、飲んでるよとでも言う風にグラスを持ち上げた。何を飲んでいるのかと聞くと、クーバリブレと言われた。不思議な顔をしている僕に、彼はラムとコーラとライムだと言った。ああキューバリバーと僕が言うと今度は男が不思議な顔をして、やっと僕のキューバリバーが通じない訳を知った。Cuba RiverじゃなくてCuba Libreだった。可笑しい。僕はその可笑しさをなんとか彼に伝えて、彼はイマイチ僕の下手な英語を理解出来ていようだったけど、はははと大きな声で笑って一杯クーバリブレをおごってくれた。クーバリブレってどういう意味なのかと男に聞いてみると、キューバに自由を!と僕の耳元で小さく叫んで僕のグラスに自分のグラスをぶつけた。大きな声で言うとアメリカ人につかまるからね。男がウインクをした。革命に関係あるのか、と僕はひそひそと聞いた。いいや、よこしまな資本主義に関係している、と男は得意げに笑った。ジョークのつもりらしいけど僕にはそのアメリカンジョークが理解出来なかった。外をみると、電話をしていたはずのサラがいない。男がトイレに立った隙に携帯を取り出すと「キュート!楽しんで」とメッセージが残っていた。当時の僕は誰にも何も伝えていなかったから、なんだ知っていたのかと嬉しくなって、よこしまにたのしみつくす、と返事を返してクーバリブレを頼んでみた。すると、きちんとクーバリブレが出てきた。ちょうど戻って来た男がやったね!と僕の肩をおじいさんがするように揺すって、僕はなんだか泣きそうになった。

次の日はひどい二日酔いだった。それ以来ラム酒は控えるようになったけれど、ケーキを作るようになってから、生地にマイヤーズラムを加え混ぜ、たちのぼるその香りにくらくらする度に僕は、よこしまな自由について考えてしまう。