月別アーカイブ: 2013年8月

ネイチャーボーイ、ショートケーキ

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製作年: 2013

サイズ: 直径8cm

材料: 苺、薄力粉、上白糖、キルシュ、バター、生クリーム、卵

価格: ¥400

2002年12月。沖縄に里帰りして、ひょんなことでネイチャーボーイとクリスマスイヴを過ごすことになった。僕は帰郷しても友人と連絡を取りたくなくて、彼はとくにクリスマスに興味がないように見えた。たしか僕は21くらいで、ネイチャーボーイはひとつ年下だった。教えられた首里の住所に辿り着き、彼の部屋のドアをノックする。すぐに開いて彼が現れ、そのまま二人で近くの居酒屋に行く。そこはクリスマスとは縁がなくて、作業着を着た男たちが2組いるだけだった。お店のおばさんとネイチャーボーイは顔なじみのようで、テーブルに来る度に言葉を交わしている。沖縄料理をたくさん食べて、泡盛をたくさん飲み、僕たちが帰り支度を始めると、はいこれサービス、とおばさんが苺のショートケーキを箱に詰めて持ってきてくれた。僕たちは酔っぱらっていてお互いの話に夢中で、おばさんがこっそりウインクをしたことにも気づかずに、ありがとうもままならない。

覚束ない足取りで、お互いに寄りかかりながらケーキの箱をさげてネイチャーボーイのアパートに戻って、暗い部屋のなか『忘れられない人』を観た。完璧であるとは思わないけど、自分にとってとても意味のある映画だから、あまり人とは共有したくないけれど…と彼は言った。両親に捨てられて孤児院で育った、心臓が弱くシャイなクリスチャン・スレイターと、男にふられてばかりのマリサ・トメイ。デトロイトのダイナーで働くふたりの恋。デトロイトの街並み、夜の雪景色。陰鬱なはずなのにとても美しい街は、僕が夢見ていたアメリカの風景とどこか重なる様な気がした。まるでエドワード・ホッパーの絵みたいだった。ソファの隣でネイチャーボーイは初めての匂いがするタバコを吸っていて、吸うたびにパチ、パチ、と線香花火のような音をたてた。そのタバコの甘い匂いにつつまれて僕は眠りにおちた。夢のなかで、ヒヒの王となったクリスチャン・スレーターが動物たちを従え、上半身裸でジャングルをかけめぐる(胸には勲章の様な縫い傷)。ライオンでさえひれ伏している!目を覚ますと、暗い物語はどんどんその暗さを増し、反比例するように風景だけが美しさを増していた。すぐにまた眠ってしまう。いつの間にかに木々が生い茂るデトロイトは春を迎え、そこかしこにパチ、パチと線香花火の花が咲き始め、ジャングルの動物たちが押し寄せる。パチ、パチ、パチ、パチ。美しく輝くデトロイトの森に、ネイチャーボーイがいた。裸の上半身には傷もなく、両腕をたくましく上げている。そのときはじめて両手首に深い傷がいくつもあることに気づいて、僕は彼が生きて街に戻ってきたことに喜び、動物たちも立ち上がり優しい嘘みたいな拍手を送る。パチ、パチ、パチ。ネイチャーボーイの、実際には決してみせることのない、柔らかな笑顔。横を見るとマリサ・トメイが涙を流しながらタバコを吸っている。視線の先、巨木の上方につくられた王座はシボレーの助手席でできている。そこで、クリスチャン・スレイターがすやすやと眠っている。パチ、パチ。

クリスチャン・スレイターが永遠の眠りにつき、ナット・キング・コールの音楽で映画が幕を閉じるころ僕は目を覚ました。半分以上眠っていたことが気まずくて彼の方に目を向けることができない。彼はタバコを吸っていた。なるほど…、と言葉を濁して(とてもいい夢を見せてくれたんだけど)、それからおばさんがくれたケーキをつまみに泡盛をのんだ。生クリームをフォークで少しだけすくい口に運ぶ。雑な甘さ。スポンジにフォークをさすと、じんわりとキルシュがしみ出して、それがすっぱい苺と甘すぎる生クリームとよくあう。そして、おいしくもない泡盛の味を打ち消してくれる。あっという間に平らげた。ネイチャーボーイは苺をフォークでいじっていたけれど、僕の様子をみて皿をこちらによこして、たばこに火をつけた。パチ、パチ。「そういえば、いちごのショートケーキって珍しいな」そうかな、と僕が言うと「だいたいパインとか入っていない?」と彼は言った。どこの南国だ、と僕は笑った。僕のうちでは父が生クリーム嫌いで、クリスマスはいつもチーズケーキかアイスクリームケーキだったことを思い出した。思い出しただけで、言わなかった。それから、泡盛でとびきり酔っぱらって僕たちのクリスマスイヴは終わった。十年経って、彼の顔は記憶の向こうにどんどんと薄れて行くけれど、あのつまらない映画の夢は、どういうわけか僕のなかに留まり続けた。あの夢のなか、デトロイトのジャングルはいまも線香花火の花と、その甘い匂いで満ちている。

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