月別アーカイブ: 2014年6月

レッドヴェルヴェットとふたつの紅いまんじゅう

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製作年: 2012

サイズ: 直径6cm
材料: 林檎、マスカルポーネ、バターミルク、ワインビネガー、バニラエッセンス、薄力粉、ココアパウダー、グラニュー糖、塩、バター、卵

価格: ¥400

レッドヴェルヴェットの生地に食紅を入れてハンドミキサーで混ぜ、紅い生地に仕上げていたときのこと。紅いお菓子って他になにかあったっけ…と記憶をめぐらせ、紅白まんじゅうの紅いやつ、と思い出す。最後にもらったのは、中学校の卒業式だっただろうか。

南の島、三月。式が終わったあと、男子数人で保健室に集まってぼんやりしていた。友人Yはとなりで僕の知らない曲を口笛で吹いていて、ブリーがベッドに寝そべってジャンプを読み、もう二人は記念にと身長を測りあっている。僕は外の冬らしくも春らしくもない沖縄の空を眺めていた。口笛が止まる。そういえば、とYが鞄から一枚のCDを取り出した。忘れないうちに返さないと、と僕に手渡したのはスピッツの『インディゴ地平線』。どうだったかと聞くと、なんだか良くわかんなくてほとんど聴かなかった…と正直な返事。「インディゴ地平線」とか良くなかった?僕が聞くと、相変わらずセンチメンタルだな、と意地悪に笑う。こんな会話、前にもした。

二年の秋。部活が終わり、Yが着替えながら口笛を拭いていた。スピッツの「ルナルナ」。『ハチミツ』を買ったらしく、ここ数日、ずっとこれだ。メロディーにあわせて頭を揺らしながら汗に濡れたTシャツを脱ごうとして絡まって、寝ぼけたゴーストのようにうごめく後ろ姿、背骨の線。帰り道、アルバム貸して、とYに言った。それから10日程たって、Yが僕にそのアルバムを貸してくれた。それからもう10日して、返した。どうだった?面白かった!僕は正直に返事をした。どれが良かった?と聞かれ、ワイかなと答えたら、センチメンタルだねと笑われただけだった。

あれから、もう一年半。永遠に続く苦行みたいに思えたバスケ部の練習も、いつの間にかに終わっていた。暑いね!とYが学ランを脱いで白いTシャツ一枚になる。なんとなく脱がれた学ランのボタンを数えながら、確かに三月にしては随分暑いなと考えていた。お腹すいたね!Yが言う。15才はかくも忙しい。式でもらった紅白まんじゅうを手に、Yはしばらく悩み、僕を見る。おれの紅いのと、そっちの白いの交換しない?紅いお菓子って抵抗があって…そうして彼はふたつの白いまんじゅうを、僕はふたつの紅いまんじゅうを手に入れた。両手にした紅いまんじゅうを顔のところまで持ち上げると、そういえばいつもそんな風に顔を赤くしていたね、とベッドの上からブリーがからかった。ほんとに、と周りも笑う。そうそう、Yの妹の時も!みんなが言い合って、僕は申し訳なくなって笑う。ブリーともさよならか、と思うと少し切なくなった。英語の授業でいじめっ子の英訳を教えられたその日、彼のあだ名はブリーに決まった。いつの間にかに、どちらかと言えばいじめられる側の僕も、ブリーと呼んでいた。

近くの文房具屋で買った甘いアップルティーと紅いまんじゅうを交互に口に運びながら、僕はみんなの会話を聞いている。保健室で飲み食いなんて初めてだったけど、それ以外はいつもと変わらない。でも、これで最後。僕は那覇の高校に進学する。なんか寂しくなるね。思わず口に出して恥ずかしく思ったけれど、みんなきょとんとしていた。そうかな?…そうだった、彼らは島の高校に進学する。出て行くのは僕だけだ。一人減ったくらい、そんなに変わらない。Yが口一杯に白いまんじゅうを頬ばってもごもごしている。全く何言ってるのかわからない!ブリーがYに向かってジャンプを放り投げた。バスケットボールのように、ジャンプはYの両手にぼんと納まる。僕には聞こえた。センチメンタル!

外が暗くなって、帰ろうか、とみんなで立ち上がる。僕は残った紅いまんじゅうとCDを鞄に入れた。校門の先に広がるインディゴの空。この島に地平線は存在しない。低い山とサトウキビ畑のギザギザと、水平線だけが、空と地球を区切っている。目の前には白Tシャツの背中。つまづくふりはできない。口の中に、紅いまんじゅうの甘さをかすかに思い出した。センチメンタルかなぁ、そんなことを考えながら、サトウキビ畑とフクギ並木にはさまれた道、ジャンプを奪い合うブリーとYを追って、路線バスが放置された空き地の角でじゃあねと別れた。風が起こり、間もなく強い逆風になる。ひとりで手を広げたりしたけど、案外からだは丈夫に出来ていた。

高校に上がり、Yは『フェイクファー』を聴いただろうか。聴いてたらいいな、と思う。二曲目あたりで、交わした何でもない会話を思い出したりしたらいいのに、と。

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