プリンス・ストリートのブラウニー

大学生の頃、ニューヨークの小さなレストランで少しの間だけアルバイトをしていた。SOHOのプリンス・ストリート駅を出て西に歩いた、フィルム・フォーラム近くの小さなレストランだった。その途中、おやつなどを食べるためによく立ち寄っていたのがHampton Chutneyというドーサを中心に出している店だった。カウンター席とふたりがけのテーブル席が少しある、カフェのようなカジュアルな店。そこでドーサやチャツネを知ったのはもちろん、ターキーにブリーチーズときゅうり、ハニーマスタードのサンドイッチも好きで、家で真似して作ったりもしていた。アイスチャイやオレンジジンジャーのアイスティーも夏にはよく飲んでいた。バイト前にはよく、そこでブラウニーを買って食べた。

時々は、近くの小洒落たバーで働いている友人のケリーとそこで落ち合って、ブラウニーを半分こにして食べた。本当は一個丸々でも食べられるのだけれど、なんとなくそれが言えずにいた。それでも、バイト前にこうして友人とブラウニーを食べながらおしゃべりをして過ごす時間がとても心地良くて、やっと若者らしい生活がニューヨークでできていることが嬉しかった。食べ終わってまだ時間がある時は、少し西に歩いて書店マクナリー・ジャクソンで時間を潰したり、近くの古着屋を覗いたりしていた。

そのバイトは結局、数か月でやめてしまった。男友だちの恋人がなぜかモテもしない私を男友だちの浮気相手だと勘違いして、店に押しかけると脅してきたためだった。店長に相談して、辞めることにした。ケリーは同情してくれたけれど、留学生という立場の自分にはどうすることもできなかった。

自然とその辺りから足も遠のいて、ケリーと過ごす時間もなくなった。最近、Hampton Chutneyのブラウニーが食べたくなってグーグル検索をしてみるものの、なかなか画像が見つけられない。あるサイトでは、「swirl of cream cheese」を混ぜたブラウニーだという。そうだっただろうか? 今現在の私はそこまでクリームチーズ(が入った甘いもの)は好まないので、少し不思議でもある。その味を確かめに行けるまでには、まだ時間がかかりそうだ。

それでもそれ以来ブラウニーは好きで、お菓子を作るようになってからは、よく適当に好きなものを混ぜて焼いている。好きな味のRitter Sportを丸ごと沈めて焼いたり、LAMYのようなドライフルーツの洋酒漬けを混ぜ込んだり。大抵はそれなりの味になる。それでも、15年以上前にプリンス・ストリートでケリーと食べたブラウニーの味には程遠い。それが信じられないくらいに美味しかったという感覚だけは、まだ覚えている。